ABOUT MÜHLE
Historyミューレの歴史
1945 - 1949
オットー・ヨハネス・ミュラー
1945年戦争捕虜から帰還したオットー・ヨハネス・ミュラーは、資金や建物、そして原材料が殆どない状態ながらも、故郷のシュトュッツェングリュンに会社を設立しました。彼はキッチンで豚の毛をボイルしてブラシをつくりました。戦後の恒常的な停電のため家庭で必要としたランプなどの製品も生産しました。
1950 - 1959
山あり谷あり
ビジネスは順調に成長し、従業員を雇うようになりました。そしてシェービングブラシを専門に製造する会社となりました。ミューレ製品は初めて輸出され、ギリシャとロシア、そしてアラブ国に届けられました。製品は馬車に積み込まれ、近隣の町の駅へ運ばれていました。
1949 年、戦時中に国家労働奉仕団によって建てられ使用していた社屋(木の小屋)が火事で全焼しました。社屋にあった全ての材料と在庫を失いました。しかしオッ トー・ヨハネス・ミュラーはこの状況に決して怯むことはありませんでした。その後、以前織物会社だった建物を使うことができました。
1960 - 1969
完全雇用
1963年には、すでにミューレ製品は36カ国に輸出されていました。会社は成長をし続けて、およそ40人を雇用する会社となりました。1965年12月に会社創設者のオットーが亡くなり、製品の研究を終えたばかりの息子、ハンス・ユルゲン・ミュラーが会社の経営を引き継ぎました。
1970 - 1979
接収
1970年、以前会社があった場所につくられたビルに移転し、新しい管理体制で生産をはじめました。このときの主な顧客は DDR (Deutsche Demokratische Republik:東ドイツ) とその「社会主義姉妹国」の国営商社でした。私企業はDDRの指導部にとって悩みの種でした。所有者は、国からの圧力のもと、企業を安値で売るようにと強制されました。1972年4月17日にオットー・ヨハネス・ミューラー社は東ドイツの人民公社(Volkseigener Betrieb :VEB)に接収されました。その後、さらに大きなユニットをつくるため、多くの中小私企業が接収されました。
1980 - 1989
VEB&グッドバイ
最終的には3000人以上のスタッフを有する大規模な国有企業(VEB Flamingo-Bürsten Schönheide<フラミンゴ・ブラシ>)のブラシ製造部門セクション6となりました。 このVEBでは東ドイツで製造されていたあらゆるブラシ関連企業を取り込みました。
ハンス・ユルゲン・ミュラーは、1987年にこの国有企業を辞め、シュトュッツェングリュンのブラシメーカー協同組合に属する、ブラシ職人の企業を設立する準備を始めました。
1990 - 1995
新たな始まり
1989年にベルリンの壁が崩壊。1990年11月に東西ドイツが統一し、ハンス・ユルゲン・ミュラー合資会社として会社を再スタートさせることができました。ハンス・ユルゲン・ミュラーはこのときのことを想いだします。「私はいつも物事の最初に困難はつきものと考えるが、この時は想像以上に酷い状況でした。」以前の顧客情報はすべて消え、携わっていた30人以上のスタッフのうち、雇用できたのは僅か4人だけでした。ほぼ3年の間、生き残るために必死になって働き、1990年代の半ばから業績は徐々に良くなりました。そして元スタッフを再雇用するまでに至りました。その品質と柔軟性で新しい顧客を得ることができました。1995年には会社創立50年を迎えることができました。
1996 - 2007
飛躍
次の年には、ウエットシェービングを広めるため高品質なシェービング製品のフルラインナップを発表しました。工場は拡大され近代化を図りました。60周年となった2005年には、既に製品の30%が輸出されていました。
2006年、商標を MÜHLE-Pinsel (ミューレ・ピンゼル )から『MÜHLE』に変更し、それ以降、高品質なシェービング製品を世に送り続けています。新しいコーポレートデザインは「クラシック・モダン」。伝統的なスタイルに洗練されたデザインを融合させ、魅力ある製品とパッケージを創り出しました。
2008
三代目
息子のクリスチャン・ミュラーとアンドレアス・ミュラーが父から経営を引き継ぎました。経済危機にも関わらず会社の売上高は伸び、生産量はさらに拡大しました。
2014
ベルリン
エルツ山地のシェービング文化を祝福して、ドイツの中心地、ベルリンのハッケシェ・ヘーフェに理髪店を併設した最初のミューレ店舗をオープンいたしました。
2017
デザインアワード
ベルリンのデザイナー、マーク・ブラウンとのコラボレーションによって、HEXAGONシリーズのシェービング製品が制作され、レッド・ドット賞とドイツデザイン賞の2つの世界的なデザイン賞を受賞しました。
2018
ロンドン
ミューレは、ロンドンのウエストエンドの中心部、ピカデリーサーカスからほど近いニューバーグストリートに二番目の店舗をオープンいたしました。
2020
ミューレ75周年
小さなブラシ工房から、世界的なブランドへと成長を遂げたミューレは創立75周年を迎え、ドイツ・エルツ山脈のシェービング・カルチャーに引き続き注力し、ロンドンのミューレストアにも理髪スペースをオープンしました。
Workshopミューレの工房
ミューレのシルバーチップのブラシはアナグマの毛を使用し、昔ながらの製法で手作りしています。今日では、この技術を持つ職人はわずかとなりました。工房では、伝統的な道具を用いて、熟練の技によってこの逸品が作り出されるます。職人が1日に制作できる「シルバーチップのアナグマの毛の手作りブラシ」は、最大で100個です。その制作過程はまさに技の極みです。20,000本以上の毛をしっかりとまとめて扇状の束にすると、銀色に輝く毛束が黒い帯状の筋によって映えます。アナグマの背中から取った最高品質の毛をグラム単位の正確な重量でひとまとめにし、コームでとかし、形を整えて紐でくくり、締めつけリングを接着材でとめます。接着剤が乾いたら、さまざま素材でつくられたハンドルと組み合わせます。
ブラシ職人たちは振動を抑えた御影石の机に向かって作業しています。使用している道具は、毛をとかすときに使う年季の入った木製の柄がついた金属のコーム、鋼鉄のペンチ、鋭利なナイフなど、いずれも数世紀前から受け継がれてきたものです。クロムやニッケルの電流メッキを施した真鍮、ハイテク素材のカーボン、木材、ステンレスや磁器など、ハンドルの素材には最先端の加工を施しています。工房の反対側には最新の工業機械が備わった生産設備があります。
最終的な組み立てと品質管理は工房で行います。部品が正確に組み合わさっているか、ねじや接着剤できちんと留まっているかなどを調べます。本物の角や天然素材から作られるハンドルは、その造りの不均質な部分が「自然」とみなせるか「規格外」に該当するかを入念に確認し、表面に傷がないものだけが完璧な製品に加工されるのです。